1 端緒~報道(とくに、公明党の広報※)

コロナ対策の関係で、法テラスの法律扶助の資力要件を緩和する法律案を野党が衆院に提出したということで、先週末から、当業界が喧しい状態になっています。
このような法案がでてきたことをきっかけに、法テラスとの契約を継続するかどうか、及び、利用するかどうかについて、色々と考えるよいきっかけになると思います。

2 法テラスとの契約を維持する上での問題①

(1)まず、法テラス代理援助の報酬基準(以下「法テラス基準」)が、概ね日弁連旧報酬基準(以下「旧基準」)の半分ないし3分の1程度と、異常に低廉です。
私達(事務所経費を負担する立場であることを前提に)の多くは、中小零細事業者にすぎないわけで、その経営体力は脆弱です。
他方で、弁護士の業務は、つとめて労働集約的です。
すなわち、工業製品のように、設計したものをあとは機械的に大量生産する、というものとは異なり、弁護士業務にかかる「原価」のほとんどが労働力です。
この「原価」は、労働強化もしくは業務量の削減(手抜き)でしか減じることができません。
人間の物理的労働可能時間に限度があることを前提にすると、管理会計的観点からみて、弁護士報酬の減額は、営業利益の低下をもたらすか、もしくは営業利益を維持するための労働強化or手抜きにつながります。
多くの弁護士は、本能的に、「手抜き」を嫌うと思いますから、法テラスでの受任には、管理会計的な観点から、自ずと限界点(営業利益低下を甘受できる範囲)があります。
(2)つまり、法テラス利用対象者の増加は、この「限界点」を超越するという問題をはらみます。

ここで持つべき視点は、「弁護士が1日あたり/1時間あたりどの程度の収益を上げれば採算が取れるのか」という点だと考えています。
そこで、私なりに、必要な数値を入力すれば、弁護士が
「A 弁護士になり、弁護士としての経費を維持する最低限のライン」
「B Aに加え、人並みの保険・退職金を準備できるライン」
「C A・Bに加え、受験期間中の逸失利益を取り戻せるライン」
の”採算分岐点”を割り出せるエクセルシートを作ってみました。
下記URLからダウンロードしてください(令和2年8月16日まで)。
なお、ざざっとつくったものにすぎないため、動作等については保障できないこと、アドバイスもむずかしいことについてはご了承ください。エクセルで動作します。マクロ等は使っていません。
https://34.gigafile.nu/0816-c66b0915d3c4fe3813b8d54df5d0bf63a

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3 法テラスとの契約を維持する上での問題②

「法テラスといえば安くなる」ということを公言する人もいます。
そもそも、弁護士費用なんてものは、家電製品を買うとか、車を買うとかいう「嬉しい消費」ではなく、「形に残らない」うえ「不幸消費」です。といっても葬式代みたいに対外的な格好をつけるお金でもない。まして被告事件なんかになったら目も当てられません。「積極的に弁護士にお金を払いたい」という人などおらず、「できるだけ安く」という心情になるでしょう。まして、法律事務などというものは、医療行為のように、おどろおどろしい設備や手技があるわけではなく、たかが文章ですから、「素人でもチョチョイのチョイでできるだろう」と心のどこかで思われている程度のものです。そこに経済的価値など感じていない人が9割と思え、というのが、弁護士歴13年目の自分の実感です。
ひとことでいうと、弁護士費用というものは、マネタイズに相当な心血を注ぐ必要があるものです。壊れやすいのです。
それを、法テラス基準が、見事に「一物二価」を示すことで、かんたんに破壊している。旧基準をそのまま示す度胸のある弁護士は、どのくらいいるでしょうか。私は無理です。
結局、根本的な問題は、ここ、すなわち、そもそも現行の法テラス基準自体の低廉さにあるのです。
(旧基準でもらっている人から「なぜ法テラスは安いんですか!なぜ勧めてくれなかったんですか!」と言われて、どう説明すればよいのか私にはわかりませんし、「基準に合わないから」でその人の感情(もっというと「弁護士に対する信頼度」)が慰謝・回復されるとも思えません。
法テラス基準は、すでに、弁護士費用の水準を破壊する役割を果たしています。

そして、冒頭に述べた、今回日弁連から提案があり、立憲民主党等が受理し法案提出に動いた資力基準の変更は、その破壊に拍車を掛ける役割をするでしょう。

4 政策提案としての問題(今後の政策提案における日弁連・弁護士会のプレゼンスの低下問題)

このような、弁護士費用という重大な問題に影響するのに、日弁連のしかるべき委員会や理事会では、この話は一切出てこなかったと聞きます。
そして、「日弁連からの総意」と誤信した立民(及び諸野党)・公明両党、なかんずく、立民の、現在矢面に立たされている羽目に至った打越議員は、集中砲火を浴びているような状態です。
これは、いわば、法案を受領してくれ、提出までしてくれた政党の「面汚し」と言われても仕方ない状態です。
これで、今後、日弁連からの政策提案については、相手にされなくなるおそれが強まったと思います。
これに対する、日弁連・弁護士会としてのけじめは、きちんとつけないと、今後の対外的な折衝・陳情に、重大な悪影響を及ぼすと考えます。これは、主に日弁連理事会マターであると考えます。
これをナァナァで済ますことは、「日弁連というのは組織の自浄作用もないのか。意思決定をトップの独断で勝手にやって良いような組織なのか。そのような組織のいうことは信用に値しない。」と世間(特に議員側)に見られることになり、日弁連の存立の基礎すら揺るがせにするものと懸念します。